事実は苛む
事実が直接、人を苛むのではなく
事実をきちんと処理出来ない人が自ら苛みを作る
事実は人を介して間接的に苛む
事実は飽く迄、事実
其れを受け取る側の問題
意見には個人差が多分に含まれて居り〼
相手の意図を的確に掴む事が出来ないのでしょうね
どうしてもそこに自分の意図を絡ませて縺れさせてしまう
でも本人は一本の糸にきちんと撚り上がったと思っている
本来なら相手の意図をきちんとやり取りの中から掴んで自分の意図と擦り合わせて一本の糸として撚り上げて行くものなんですけどね
私は文章に起こす時は標準語も京都弁も隠岐方言も使えます
只喋る時は標準語と隠岐方言が入り交じります
けれでも怒った時は隠岐方言丈に成ります
更に冷静に怒って居る時は標準語が主に成ります
怒って居る時は隠岐方言を翻訳為る機能が使えなく成るので
隠岐方言丈が出て仕舞うのです
然し冷静に怒って居る時は隠岐方言を翻訳為る機能が使える様に成り
相手に解り易く諭す様に言わないと行けないと言う方向に意識も向くので
標準語で喋る様に成ります
但しアクセントやイントネーションに就いては
標準語にも隠岐方言にも適用と成ります
ですから京都弁の文章を書く事は出来ますが
アクセントやイントネーション迄付けて喋ると言う事は実質出来ません
決め付ける人には何を言っても解らないだろうから
もう何も言いません
決め付けはる御人に何言うてもあきまへんよってなぁ
もぉ何も言わんとこ
けー
決め付けっもんに何言ったてて解らんだけんなぁ
そげなもんならもぉ何も言わんで良いわ
けー
自由を謳歌為るにも責任が伴います
何かを選択為るにも責任が伴います
だから楽を為るのにも責任が伴うのです
自由に楽を選択為たのは御自分でしょ?
楽に責任は伴わないから楽なんだとでも言うお積もりですか?
そうは問屋も卸しちゃ呉れねぇよなぁ